サキソフォンとの出逢い、とか。

たいしたことないけど、
人生を徒然振り返ってみたり。

サックスとの出会いは、中学校の吹奏楽部。(日本の管楽器奏者の大半はそうであると思う)

当時ヴァイオリンを習っていた私、本当はオーケストラがやりたかったがそんな部活はなかった。
、となるともう選択肢は吹奏楽部しかない。

という消去法で選んだ部活。


希望の楽器は特になかった。

というか、どんな楽器があるのかよくわかっていない状態で体験入部へ。
わりかし一通りどの楽器も音が出た。
わりかし。
唯一出すのに苦労したのがフルートである。(今も苦手。)

そしてそのまま入部。
担当楽器は吹部あるあるの、オーディションで決定するやつである。
すべての楽器を回ったのち、私はたしか希望をこう書いたと思う。

第一希望→バリサク
第二希望→トランペット
第三希望→フルート

苦手なのにフルートを書いたのは、苦手だからやってやろうと思った気がする。←
私がサックスを希望した理由は三つ。


・バリトンサックスがかっこよかった。
・先輩がとびきり優しかった
・サックス希望が多かったから。←負けず嫌い


そして見事バリトンサックスの座を勝ち取り、私のサックス人生が始まるのであった。




恵まれた吹奏楽部時代だったとおもう。

バリトンサックスは1つ上の先輩と私の二人。
とっても上手な先輩だった。

音楽にとても詳しくて研究熱心な先輩。
吹奏楽部あるあるで、代々先輩から教わることが間違ってるということがよくあるけど、この先輩から教わることは全くそんなことはなく、その後のサックス人生に大いに役立っていくことに。

( その後この先輩はなんと歌で藝大へ!)


「バリサク」(←吹奏楽部あるあるの略語)大好きっ子だった。
ピアノとかヴァイオリンとか、とにかくメロディーしか頭になかった人間にとって低音という世界は衝撃だった。
低音が世界(わたしの)を救っていた。
確実に。

低音好きっ子が口を揃えて言う
「低音がいないと音楽は成り立たない」「低音が音楽のテンションをひっぱる」はもちろん魅力だったが、
なによりバリトンサックスが大好きだったのだ。形とか音とか。

にもかかわらず音大進学後現在に至るまで”バリサク”とは距離を置くことになるのだが(笑)

中1の秋、祖父がサックスを買ってくれると聞いて迷わずバリトンを買おうと思ったくらい((笑))
持ち運びのことを真剣に考えて泣く泣く諦めました。

地元の楽器屋でやっていたサックスフェアでいっちょまえにいろんな楽器を試奏して、
これ!と選んだのが今の相棒。

最後までサテンネックとゴールドプレートネックと迷ったのを覚えている。

アルトサックスは未だにこの時購入したもの。

これからもよろしくね、相棒。


音大に進もうと決意したのは高校進学直前の春。

とある高校の吹奏楽部の定期演奏会のリハーサルと本番を見学したことがきっかけだった。

吹奏楽はほどほどに、ちゃんと勉強するつもりで高校を選んだ。 

にもかかわらず(笑)

とあるトロンボーンの先輩が、協奏曲を演奏していた。

めちゃくちゃ、めちゃくちゃうまかった。 
キラキラしていて。眩しかった。
この人、本当にトロンボーンが好きなんだなぁと思った。


好きなことを突き詰める人は、こんなにキラキラできるのか。
私もこんな風にキラキラしたい。
私が好きなことって、なんだろう?


そう考えたときに、パッと浮かんだのがサキソフォンだった。

ヴァイオリンでも、当時考えていた福祉や子ども関係、英語でもなく。


それで音大に行こうと決意するのだが、ここから先がイバラノミチ、。


決意したのは高校進学直前。
親も音楽大好きだったから当然賛成してくれるものだと思っていたら、まさかの猛反対。


好き、と仕事にする、というのはわけろ、という。


もっともなまともな意見である。



あとからきいたら、当時わたしはどうもやりたいことがコロコロ変わっていてさだまらなかったから、どうせ今回も最初だけだろう、というのもあったらしい。


(小学校~中学入るまではお医者さんか看護師になりたかったけど、絶望的に理数系ができないから断念したり(笑))



結局親が認めてくれて、音大進学のための準備を始めたのは高2になる直前。

遅い。遅すぎる。
そしてわたし、超に超がつくほどドヘタでした(笑)
 
けれど運命的に出逢った恩師、原博巳先生は1からじっくり丁寧にみてくださって。
どうにかこうにか、桐朋学園芸術短期大学に入学。


しかしまた、ここからがイバラノミチ!!!!


(まだまだつづく)